Volume1, Number1
   

iMac launched !

 

 

 

 

 スティーブ・ジョブスは何かと気になる人物である。

 1970年代の終りごろから80年代の始めAppleコンピュータはシリコンバレーのベンチャーの典型であった。 僕は1980年代にはいって日本でサラリーマンを始めたが、当時、自分たちが齢を重ねる過程でこれまでの日本的なサラリーマン人生を全うすることが許されないことを確信していたから、シリコンバレーのアメリカンドリームや、日本のアスキーやソフトバンクはまぶしい存在でもあった。

 が、一方またうさんくささを感じるものであった。 年齢的が僕に近いということもあるスティーブ・ジョブス、そしてビル・ゲイツにしても、そして西和彦や孫正義にしても、だれ一人として創造的技術者ではなく、全員がアクの強い個性を発散させる企業家である事実が、僕にとっては新時代を切り開くハイテクノロジーのイメージと重ね合わせるには違和感を覚えさせた。

 スティーブ・ウォズニアックとのApple computer社の創業、Macintosh開発のストーリー、強烈なキャラクターを伝える挿話の数々、ジョン・スカリーとの確執、NEXT、TOY STORY。たまたま縁あってApple computerの製品を使いつづけることになった僕にとって、彼の動向は僕の良くも悪しくも常に興味の的であった。

 スティーブは確かに上にあげた他の三人とは違う。彼の伝えるメッセージは20年間変っていない。明快でシンプルなメッセージである。「個人の道具としてのコンピュータ」である。 面白いことにこの20年、コンピュータで人が何をするかについて彼が論じた話を聞いた覚えがない。彼には「仕事」よりも「使う人」が意識の中にあるようだ。仕事をこうやれという方法論たる業務アプリケーションの発想とは異なるパソコンの原点に常に軸足がある。今では若くは無くなった僕には彼のその強烈でくじけることの無い信念は羨望の的であり、確実に揺らぎ、動き、変っていく自分を意識し、測定させられる座標軸でもある。

 彼が昨年のAppleに戻ってからの再構築のプロセスは、「結果的には」とても教科書的なオーソドックスなものである。それをオリジナリティーの欠如という人もいるが、日本の恐竜会社の社員にはそれができないことを忘れてはいけない。

 そんな スティーブがiMacを作った。 iMacを抱く彼は1983年の年末に最初のMacintoshを世に送り出した彼の再来でもある。iMacのコンセプトは最初のMacintoshのそれと変っていない。革新性や創造性においてそれほどのインパクトはないが、"Hello again!"というメッセージそのままにまぎれもなく「パーソナル・コンピューティング」の彼のメッセージが不滅であり人々の生活のなかに確実に存在するものであることを物語っている。

 Macintoshというコンピュータは素晴らしい工業製品だが、もちろん完璧ではない。それよりもこの数ヶ月スティーブという人物に感心させられながら、あらためて素晴らしいものを人が作り出そうとする営みへの帰依を深める僕だった。

 1998.8.17

 


- 戻る -