Volume1, Number2
   

iMacはなぜ安いのか

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

  

Photographer:
Hunter Freeman

Courtesy of Apple Computer, Inc.

 

  これはすべて現時点での筆者の憶測である。ここで述べることの目的は今後の日本(パソコン)流通の方向性に関して考察することにあって、現在起こっていることに関連して固有の誰かの是非を論評するものではないことをまずご了解願いたい。

 iMacの流通については、さまざまな断片的情報が当事者以外の外野の憶測を呼んでいた。その断片的情報(というか噂)の例としては以下のようなものがある。

  • iMacは提携販売店を通じて売られ従来の販売店がそのまま販売できるのではない
  • 大手ディストリビュータとアップルとのあいだに不協和音が生じており、キヤノン販売など一部大手はMac流通からの撤退も考えている
  • iMacの流通マージンは極度に低く設定した価格体系がアップルか提示されている

などであるが、そこからiMacの売れることを見越したアップルが予想される当初の需給状況をアドバンテージとして殿様的商法を展開しようしているという解釈が多く生じていた。

 しかし発表された17万8千円という価格がある程度解き明かしてくれたように思うので、筆者の考えることを延べてみようと思う。

 

日本での価格は世界一安いのか?

 本題に入る前に、日米での価格差についてちまたに流れる解釈について述べてみたい。

 ご存じのように米国での価格は1,299ドルである。単純に販売価格を比較すると換算レートは137円/ドルということになるが、現在の実勢140〜145円/ドルと日本の高い流通マージンを考慮して「日本アップルがよくがんばった」とか、「世界一安い価格」とか評価する声がMac関連のWebサイトなどに見られるが、もう少し良く考えなくてはならないだろう。

 まず日本での流通コストはあくまでも円コストであり、円安によってドルベースで評価すれば低下する・・・というか為替レートは輸入仕入れ価格についてのみについて議論すべきものであることを指摘したい。市場販売価格に対して円ドルレートを当てはめるのは適当ではないように思う。

 次にMacintoshの様に国際的に製造され、国際的に販売されている製品はドルで貿易価格が設定されるのが普通の方法の一つであろうが(普通でない方法もとれるが・・)、実際の製造コストは製造やサプライの付加価値チェーンの発生地点の通貨から評価をスタートすべきである点を指摘したい。iMacは世界の複数の拠点で製造されているようであるが、日本にはシンガポール工場から供給されることが伝えられているし、これはこれまでのAppleのロジスティクスからみて自然でもある。この場合、シンガポールでの製造に使われる部品やコンポーネントが韓国製のCRTチューブをはじめ多くアジア産品が含まれていることを考えれば、途中の取引価格にUSドルが使われようとコストの換算はアジア通貨と円の関係に存在すると見るのがより本質的であるという考え方もなりたつだろう。

 形の上ではまったく同じiMacであるがアイルランドや米国内で製造され米国で販売される製品と、シンガポールで製造され日本で販売される商品の市場販売レベルでのコスト構造は異なるものであろう。内部には同一コストの同一部品がつかわれてはいるものの、別のオリジンを持つiMacは違うものとしての比較対象であって、どんぶりの為替レート換算で評価する対象ではないと思われる。

 

希望価格を決めたのか?

 「定価を決める」というのは単純な問題ではない。独占禁止の主旨からメーカーによる価格維持政策が批判されるのは当然であるが、販売店による不透明な値引きというのもまたお客様にとっては混乱を誘うものである場合がある。いけないのは「強い力を持つ」メーカーが公正な競争を排除し不当に高い価格を維持しようとすることであり、あるいは「強い力を持つ」販売店が「結果的に」はじめから削れる粗利を値引きと称してあたかもお買い得のように見せ掛けたりすることである。

 そういう意味で「どのお店でも高い買い物をしたのではないかという不安を抱かずに安心してお客様に買っていただくために、均一の安い価格を提示する」ということが今回の価格提示の背後にあるなら、それが「低い」いからこそ消費者として是認できる余地もあろう。今回の17万8千円という価格水準(と背後にあると思われる流通マージンのカット)を見るとこれは殿様商売の価格維持政策というよりは、流通過程に存在するプレーヤー(つまり販売店やディストリビュータ)に対するプレッシャーとして機能するというの実質のように思う。流通業者からみれば今回の価格設定はアップルが自分の粗利を確保しつつ流通業者たちの粗利を削って拡販を狙う、はなはだ身勝手な政策という見方になるのであろうが、彼ら自身もコンシューマの利益を考えたときに、彼らの存在価値が問われる議論であることに気がついてはいてくれるだろうかという問いは許されるだろう。表立ってアップルとの交渉経緯と紛争(があるとして)を公開すれば、コンシューマがどちらの肩をもつかはそのコンシューマの声が公正なものかどうかは別として結果は見えていることではある。

 実態がどのようなものであるかは、はっきりわかることはないかもしれない。しかし、少なくとも同じ方法が違う機能を持ちうることを良く考えて評価する必要がある。希望小売価格設定をオープン価格政策からの変更として捉え、価格維持政策として見るのか、オープン価格政策と今回の価格提示が同じ目的の別の方法論なのか、日本のコンシューマは自分の利益を自分の価値基準で冷静に判断しなくてはならない。日本のコンシューマもメーカーや販売店によってとられた方法論によって短絡的に評価しようとする傾向があるように見えるが、これは彼ら視点の確立に成長の余地が大きいことの現れと思う。

 

iMacの販売戦略にあるもの

 さて本題に戻ろう。筆者が思うに今回のiMacの販売においてアップルの戦略は、まず基本戦略としてのダイレクト販売を指向した方法による中間マージンの排除とそれに裏付けられた低価格設定(ほんとうに低価格であるかどうかは別にして)とそれによる拡販と利益の確保であると推察される。そもそも米国における1,299ドルという価格設定がそれを前提にしているし、同様の販売方法が世界中で展開するのが基本だからである。この戦略はiMacによって初めて展開されたものではない。この春から本格的に導入されている。

 ゲートウェイコンピュータやデルコンピュータの成功に触発されたと解説されるこのアップルの戦略は今日この業界ではそうでなくては生き残れそうもない選択肢の一つでもあるともいえよう。もっとも米Appleのそれは店舗での販売にもある比重を置いている。これを中途半端と見るか、他社とは別の販売ポリシーと見るか筆者の評価も確立していない。

 さてこの戦略を日本において導入するのは大変難しい。特にアップルのようにすでに既存の販売ルートをもつ会社の場合はなおさらである。デルやゲートウェイはその販売方式を展開するまでに日本ではほとんど実績はなかったのでただ導入すれば良い(実際はそれでも大変に難しいことであろうと想像するが・・)とも言えるが、既存のルートを持つ場合はその整理の過程で従来の取引先とのあいだでさまざまな摩擦が生じるからである。

 乱暴に言えば、流通のみならず流行のいわゆる「中抜き」はそれが可能な方法論が実現した時点で「中間者」たちの存在意義を喪失させ「中抜き」の正当性を裏付けると言って良いと思う。抜かれるものは「抜かれる不当性」を主張するよりは「抜かれるべきでない正当性」をコンシューマーに対して立証し、そのうえで供給者に説明しなくてはならない。こういうスタンスを持つ流通業者もちゃんと存在しよう。

 筆者としては今回のiMac騒動においてMacの販売に携わる流通業者の面々には、従来の商慣習へのこだわりや粗利の現象の防止に精をだすのではなく、粗利の継続的減少の中でプロフィットを維持してゆけるような方法論の提案によって、メーカーを逆にリードしていくような先進性を持つことを望みたいと思う。

 

では、アップルは正しいのか?

 アップルコンピュータ日本法人に存在するであろう(と見受けられる)不器用さは単なるリソースの不足だけに起因するのではなく、人材そのもののクオリティ(特に姿勢、あるいは傍若無人さ)による要素もあろう。戦略の妥当度が戦術の妥当度を保証するものではないことに鑑みれば、革新的な戦略の実施にあたっては誰との間にどのようなコンセンサスを作り上げて行くかが重要なはずなのだが。(わかってはいるのかもしれない。)

 いちばん重要なのは誰とのコンセンサスか?それは従来の流通経路のプレーヤーたちではない。コンシューマーである。

 アップルとユーザーが流通業者に両側からプレッシャーを与えるという構図もありうるものであろう。一人ひとりの流通業者たちが単純な経費削減や出精値引以外のどのようなコストパフォーマンス向上策を行ってきたのか個別に業者ごとに問う必要があろう。こういう構図において、ユーザーからすれば、何をやろうとしているのかわからないという点からだけでも、アップルははなはだ頼りなく見える側面があるのも事実だが。

 大きな摩擦が存在することは、やろうとしていることがたぶん「革新」であることを示し、唯一のものではないが一つの大正解である可能性も暗示している。少なくともスティーブ・ジョブスのみならず革新者のやりかたであり、デルやFEDEXなど多くの成功(と失敗)も報告されている。筆者もこの摩擦を持ってまずいやりかたとは言わない。かといって作戦や監督はともかくプレーヤーがすぐれているとは言えないとも思っている。

 

で、筆者は何が言いたいのか

 プレミアムのついて高いもの、あるいは戦略的に低価格を設定しているもの、とても原価では買ってくれる人がいないようなものなどは別として、現在コンシューマ・エレクトロニクス製品は工場出荷原価の数倍の価格でコンシューマーの手に届いているのが世の中一般の普通であると思う。供給されている価値は単につくることによる価値を反映しているものではなく、その価値が多くの人の生活を支え意味を与えている。その中で現在世界で行われているダイレクト・セールスやサプライ・チェーン・マネジメントによるロジスティクスの革新はこの価格比を二倍以下で成り立たせる可能性を持っている。値段が安ければいいというものではない。が、筆者はこのベクトルを持っているアクションを基本的に支持したいと思う。

 それは「安いことが善である」という発想や「競争至上主義」に基づくのではなく、そのもとにある「同じ価値(のあるもの)を同じスピードでエンド・コンシューマーに届けるという機能と性能をいかに省エネルギー、省資源で達成し、そのプロセスで供給者と消費者がいかに幸せになるか」という問題意識によるものである。

 「17万8千円」は漫然と今までと同じやりかたをしていても従来程度の利益が得られるような価格ではないと思う。そしてその価格をコンシューマーは妥当と見ているようである。このチャレンジは気に入った。

 

1998.8.22

 


- 戻る -