Volume1, Number3
   

 

Macintosh 1984

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

iMacが「Hello again!」と誕生した今、最初に「Hello !」と登場した1984年のオリジナルのMacintoshを振り返ってみるのも面白いだろう。

 これが外観と化粧箱。箱は14年前のものであるからいささかくたびれてるが、今でもいろいろな場所で見かけることの多い表面のフリーハンドのイラストは洒落ていた。当時のApple Computer 社のロゴは現在のApple Garamondフォントを使ったエレガントなものでなくモダンなゴシック調のフォントの小文字を使ったものだった。当時の定価は69万円。(筆者はデモ機らしき機械を10回分割の55万円で購入した。)

白黒2bitの9インチディスプレイ、ハードディスク無し、3.5インチFDドライブ1基(正真正銘世界初の搭載)メインメモリ128KB! (ちなみに現在の筆者のメインマシPowerMacintosh 7500は256MBと実に二千倍)

 

言うまでもなく画期的に美しい背面。マウスのコネクタにも金属ネジの露出もなく徹底的に製品に触れる際の視覚と触覚をインタフェースとして意識している。 この背面のカバーは実はオリジナルのものではない、後に基板をMacintosh Plusのものにアップグレーした際に交換してある。このカバーの裏側に有名な開発者達の名前のサインがある。

下側のポートは左からマウス、SCSI、FD、シリアルポート2個である。右端の電源インレットの上はメインスイッチ(起動音は「金属的なポーン」)その上はバックアップバッテリーケースのフタ。上部に排気ルーバーが2ヶ所あり(静かにするために排熱ファンはない)その間の窪みは持ち運ぶ際の把手になっている。オリジナルマックにはSCSIポートはなくかわりに外付けHDインタフェースが付いていた。

オリジナルのMacintosh (128K)の背面!には上のような立派なエンブレムが2個ついていた。上の背面の上部左側排熱ルーバー下の所である。背面から見られることを明らかに意識した仕様である。 後にメモリを拡張したFacMacと呼ばれる Macintosh 512Kが登場したときには、この右側のエンブレムは「Macintosh 512K」となっていた。

キーボードとマウスはフォームとボール紙の梱包材で包装されているが、これはそれぞれのメーカーからこの形で納入されていたものと思われる。フォームとボール紙の背面には穴があいていてマウスとキーボードの定格銘板についているバーコードがそのまま読めるようになっている。これにより最終梱包工程が非常にシンプルなものになっていた。

いわゆる弁当箱、取り扱い説明書と電源ケーブルの入った箱。これはなぜかスチロール製。

その「弁当箱」の中身。マニュアル、システムバージョンアップの補足ペラ、システムディスク(400KB!!)2枚(同じもの)、Guided tourという取り扱いを説明したソフトの入ったフロッピーディスクとカセットテープ。このカセットテープをソフトと同期して動かして使用方法を実際にマウスやキーボードを使って学べるようになっていた。

あとプログラマースイッチというインタラプトとリセットをするためのスイッチが付いているが、これは取り外し式になっていてビギナーに対して余分な危険を排除するようになっている。(当時はシステムエラーやフリーズは皆無だった。)

バンドルされていたマックライト。このほかにマックペイントもバンドルされていた。これらのソフトにもGuided tourのFDとカセットテープがついていた。改めて マニュアルを読むと、筆者が今でもワープロソフトを使うときに初代マックライトに搭載されているぐらいの機能しか使っていない事実を再確認できる。

 

 

AppleIIをガレージから商品化したときにFRP製のプラスチックケースを与えて以来、Steve Jobsはコンピュータを一人前の完成された消費者向けの工業製品にしようとしてきたがこのMacintoshもそれを実現していると言えるだろう。それはガレージメーカーからエスタブリッシュされたメーカーへの脱皮であった。Jobsが唱える「大衆にコンピュータを」というポリシーからはメーカーもフレンドリーなしかし信頼のおける力のある企業が必要だと思ったことは想像に難くない。

Macintosh発売の前にキヤノン販売が良い顔をしない親会社を強引にねじ伏せてAppleの総代理店となった。それまでそのような地位にあったE社は悪く言えばショップに毛の生えたような会社であったから、Jobsの向いていた方角からすれば、日本のマーケットを重視するなかで拡販力のある大手の代理店と契約しようとするのは当然の行動であったと思う。

それはマニアの支えるマイコン・カルチャーからの離陸を意味するものであったから、Appleの決断は今iMacの販売に際し浴びたのと同様の非難をずいぶんと浴びたものである。 それはAppleが、パソコンがビジネスとして社会に認知されるプロセスでもあった。

そして今、ダイレクトセールスやネット通販などによりさらに時代が変ろうとしているなか、これらの大手ディストリビュータたちがある部分で切り捨てられようとしているようである。皮肉に見えるだろうか。否、当然と言えば当然だろう。 なにしろ14年もたったのだから。

 

1998.8.30


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