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ハムスターが来た


ハムスターのあかちゃんがたくさん生まれたお宅から2頭わけていただきました。二人とも雌です。娘が「ひまわりちゃん」と「たんぽぽちゃん」と名付けました。

連れ合いが大丸であたりまえのかごを買ってきたました。お店にはほかに透明なプラスチックのものも売っていて、そちらはハムスターが運動するのがよくみえますし、トンネルやらがついていて楽しそうらしかったのですが、風通しは普通の金(かね)のかごのほうがよさそうだということでこちらにしたそうです。(ハムスターは縄張りを持つので同じかごで二頭以上飼ってはいけないと言います。)

ばしこく、ちょろちょろ落ち着きなく動き回りますから、液晶表示のデジタルカメラにとってはどちらかというと苦手な被写体です。

以前東京でともかせぎしていたころ、猫をひろってきて飼っていました。東京の埋め立て地の運河沿いの空き地で遊んでいたその猫はバンコクにつれてこられて3年目に異国の地で病に冒され死にました。猫とはいえ、慣れた土地を離れて異国で死んでいったことを不憫には思わずにいられませんでした。

ハムスターも長生きする動物ではなく、寿命は2年ぐらいと聞きました。
私が4歳ぐらいのころ、東京の練馬に住んでいてウサギを飼っていたことがあります。ある日野良犬に喰い殺されてしまったことがかすかな記憶に残っています。以来連れ合いが猫をつれてくるまで、私は動物を飼ったことはありませんでした。

いずれ死ぬもの、別離するものとの相互作用が生活や人生であることを思えば、命あるものを慈しみ、そしてそれが死んで行くことを悲しんで育って行くことが子供たちにとって必要なことであることは言うまでもないと思います。月並みなものいいかもしれませんが、近頃私たちに言いようのない恐怖を抱かせる少年たちの行いの多くの源に、こうした経験の欠落があることを想像するのは私だけではないでしょう。愛を嗤い、悲しみや傷つくことを避けて生きて行く愚かさを教えられる思いです。


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