怒りっぽい日本人、怒りっぽいタイ人

 

 もちろん6千万人もいるタイ人とその二倍いる日本人のそのどちらもを十羽一からげには論じる事はできません。そんななかでも日常タイ人と日本人を論じることはあります。ちょっと乱暴ではありますが、そんな話の例。

「どうして日本人ってあんなに怒りっぽいんですか?」

ある日あるタイ人のスタッフが私にむかって質問した。ある年の昇格と昇給の通知のため別室で話していた時のことである。

 「へー、どうしてそんな事を聞くの?」

 「Aさんはとても怒りっぽいんです。」

Aは小生と彼女の間にいる日本人駐在員である。

「それは面白いね、日本人はたいていの人は『タイ人はすぐ怒るので始末に終えない。』と言ってるけど。僕もタイ人は大雑把に言って全体にショートテンパーな傾向があると思うけど。」

彼女はたちまち心外そうな顔になり、ちょっと早口になって言い返した。

「それはなかにはそういう人もいるかもしれませんが、タイの人は日本人みたいにいつもいらいらしてないですよ。絶対日本人のほうが怒りっぽいと思うけどな。」

 「ほおらね。まあ落ち着いて。自尊心があるということはいいことだけどね。」

 「管理者とか監督者っていうのは自分の感情をコントロールできないといけないんじゃないんですか?」

 「やっぱりそういう風に習ってきた?」

 「あなたももそう思うでしょう?」

 「僕はちょっと違うけどね。それよりさ、どうしてタイ人も日本人もお互いに相手のほうが怒りっぽくて短気だと思ってるかという話は面白いと思わない?」

 「.....?」

 「半分冗談でよければ説明できるけど、聞きたい?」

 「.....」

 「まあいろんな人がいるのをひとまとめにしてする話だし、あくまでも僕の観察による個人的な見解だから、怒らないで聞いてね。」

 「よい面でも悪い面でも日本人の社会の人間関係というのはタイの人達のそれに比べると、複雑な感じするでしょ。まあ日本でもそうだけどタイの田舎とか行ってもとても人がシンプルと言うかプリミティブで純朴でさ、日本の人もそういう人達と交流してとてもいい気持ちがするんだけど、そういう人達も結構短気だったりしてびっくりする事もある。」 

 「まあ「微笑みの国」っていうけど、バンコクの人はもうそんな微笑は見せないでしょ。同じバンコクでも僕が来たころと比べてもこうバンコクの人の顔つきや歩き方がだんだん変わっているという感じがするものね。やっぱりこう日本とかタイとかいうよりも都会の生活や現代の産業のなかではたらいてると、人間関係の軋轢とか、時間に追われるとか空間的制約でストレスが多いのは事実だと思うんだよね。なにしろ仕事にスピードが違うものね。世界中が5年前と大違いだし。」

 「で、そういう面で言うと近代の歴史のなかでも、あるいは僕等ひとりひとりの個人の人生や生活のなかでも日本人のほうがどちらかというと、環境が複雑で、やたらと裏を考えたり気を配ったりとかでストレスが多いという気しない?これは賛成する?」

彼女は黙って頷いた。

 「つまりね、誰でもみんな心のなかにストレスを一時貯蔵する入れ物をもってると言っていいと思うんだけど。どんな生活をしてようとストレスがゼロの人は実際上いないといっていいよね。それでさ、日本人てしがらみの多い社会で生まれてからズーっと訓練されてるからこの入れ物の容積は大きいし、懐が深いって日本語では言うんだけど、こういったん受容してから一つ一つ開放し行くというスケールの大きさが問われるのさ。」

 「僕なんかが見てるとさっきの君みたいに、タイの人はすぐにかっとなる傾向があるよね。それは短気とかいうようりもそのストレスをため込む器が浅いなっていう印象を受けるよ。この入れ物からあふれると爆発するわけだ。じゃ日本人がすぐに怒らないかというと、やっぱり君の観察のとおりすぐ怒るね。なぜかっていうとせっかく深い懐の入れ物をもっていてもいつも口までいっぱいになっているからなのさ。始終いらいらしてるっていうのもそういう訳。」

 「時に日本人はタイ人の空っぽのストレス袋を見て『タイ人は屈託がなくていい』と思うんだけど..これも同じ理屈。たまに入れ物がからになった日本人を見るとそれも素晴らしい人格に見えるね。僕は素人で「禅」なんてあこがれるだけだけど、こういう入れ物を空っぽにしてあるがままに平常心で生きて行きたいというのが日本人の理想でもあるね。」

 「だんだん世界中みんな似て来るよね、生活や日常の関心事が同じになってきてるから。」

 「だからさ、さっき僕が言ったちょっと違うっていうのはさ、大事なことは“ため込まない”っていうことじゃないかなあということ。ため込んだストレスが一気に開放される時に居合わせるひとってかわいそうだよね。だってため込まれてたもののほとんどはその場のことには関係ないんだから。」

 「ちょっと話それるけど、管理者の教科書とか読むと『叱るときはその場で叱る』というのあるでしょ?知らない?覚えとくといいよ。『だいたいおまえはいつもこうだからだめなんだ。』という上司が多いんだけど、『おまえは...だめなんだ』という奴は絶対に部下はまともには聞く耳持たないよね。怒るのと叱ったり指導するのは違うのさ。」

 「それでさっきの君の質問だけど、こう考えたらどうだろう。感情をコントロールするというのは無理して平静を保つことではないということさ、無理をするとかならずため込まれるから、それを意識して開放することが必要さ。「ストレス開放!」って叫んでリクリエーションに励んでる人が、みんなそこまで意識してるかっと言うとこれはまた場合場合で別だけど。別に意識しなくても結果でため込まれなければいいんだけど。」

 「なんか部下の仕事ぶりが気にいらなかったら、気に入らないということとそれがなぜかってことはできるだけリアルタイムに伝えたいと思うのさ。だれだって感情のある人間である上司とうまくやる技を身につけてもらいたいし。まあこれは言い訳かな。」

 「で、タイで仕事をするにはそういう気持ちでないとやってられないっていうんでしょ。」

 「えっ? 別にそういうつもりじゃ....。 う〜ん。 一本とられたかどうか、それは今日は内緒にしておこう。」


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