誤解におよばず

    

 時々こういうことがある。日本でも何度かあった。仕事以外のフィールドでもあったような気もする。

 泣いている若い女性を前に慰める言葉を探す僕である。
 土曜日、午後、窓のない会議室にエアコンの音が響く。壁にかかった素っ気ない事務所用の丸い大きな時計の秒針が刻む音は聞こえてくるのに、何故か傍らの彼女のすすりなく声は聞こえてこない。

「どうして外見で評価されるんですか。」確かに彼女は美人ではない、中国人で色は大変白いが顔が大きいし、太り気味で足はタイ人にはめずらしく大根といってよい。仕事はできる。

 今日発表した昇格昇給の結果がショックだったのだ。昇格した同僚は確かに彼女よりは美人といって良いだろう。外見にコンプレックスを持っているようだし、それが仕事のバネになっているとすればなおさらだろう。気持ちを解きほぐすのに時間がかかりそうだ。
「そんなこと言うなよ。」間をおかず僕は答えた。「そんなことで評価されていないことは知っているだろう。」
「でも・・・」と言ってあとが続かない。顔が下を向いて肩が小さく震えている。

 まず話ができるように落ち着いてもらわなくちゃ。しょうがない、まずは少し泣いてからか。こういう状況での女性のカタルシスには泣くことが必要だ。彼女はテーブルの上で両手を固く握り会わせていたが、その白いふくよかな腕に僕は自分の右手を添えて、自分が彼女の敵では無いことをを伝えようとした。

 そのとき会議室の扉が開いた。一瞬僕は凍った。入ってこようとしたのは僕の上司、といっても二つ違いの兄貴のようなGMであった。扉を開けた瞬間、雰囲気を察知した彼が一瞬躊躇したのが見えた。が、彼はそのまま入ってきて、会議室に置いてあるスチールの書類棚からバインダーを取り出し無言のまま出て行った。そのあいだ僕と彼女はそのままの姿勢でじっとしていた。一部始終を気まずい沈黙が支配した。

 泣いている彼女と腕を握っている僕を見て、彼がどう思ったか。気にならないはずはない。「あとで説明に行いったほうががいいかな。でも、かえって言い訳みたいに聞こえたらどうしよう・・・」

 結局その後、彼とはこの件については話さずじまいだった。事情は察してくれたはずだ。察してくれたと思う。察しくれたと信じている。「あれは不倫なんかじゃなかったんですからねー。」

 


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