手紙

 

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その「貿易風」という名の小さな酒場の片隅のさらに小さなテーブルで、その男は手紙を書いている。正確に言うならば手紙の翻訳をしているのだ。そのバーの内装はチーク色で、壁際にはいろいろなスナップ写真や世界中の男たちの名刺が一面に貼り付けられている。いろいろな色のしゃれた有名無名のロゴマークがちらばったさまは、男たちがそのマークのためについた溜息をそっとこの壁に留めていったピンのように見える。この場所のこの机が彼の仕事場のひとつ。

私が時間合わせを目的にこの酒場を訪れるとき、彼がこうして手元を照らす小さなランプのあかりに事務的に淡々とペンを走らせる姿を見かける。

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彼はこの街の女たちに頼まれて、英語の手紙を読んで聞かせ、そして彼女たちがタイ語でつづった気持ちを翻訳して行く。

「こんど8月には行けると思います。」「学校へは毎日行っていますか。」「会いたいです」という男たちの手紙。
「寂しいです」「毎日あなたのことを考えています。」という女たちの返事。
いく通りものタイ語と英語の会話が彼の向かう机の上を行き来する。

気が進まないのをバーの女性たちにせがまれ、私もそんな同じ様なエアメールの薄い便せんに角張った文字で書かれた手紙の日本語を読まされたことが何度かある。
自分たちの手紙が私のような者に読まれているとはつゆ知らない、そんな男たちの書き連ねた文は時に拙く、時に子どもっぽく、しかしとても笑うことなどできない真面目なものだ。彼女たちは無邪気に、そして時にしたたかな反応を見せながら、私の読んできかせる日本の男たちの言葉に耳を傾ける。そんなとき、遠い海の向こうでその手紙に封をしたときの彼たちの気持ちと同様、彼女たちも確かに真剣なことが感じられる。

肌や髪の色がどうであろうと男たちの書いてくる手紙にこめられた気持ちに変わりはない。それに応える女たちの手紙もまた変わらない。数週間の、もしかするとたった数日恋人だった者たちのそれぞれの夢の続き。それは彼らのどちらもが渇望する人との触れあいへの望みをたくした、細く切ない、はかない努力のようにも思える。

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「boring」と語尾のあがるタイ風の発音の英語で彼はこの自分の仕事を語った。時折筆を休め少し早めの老眼鏡をはずし、グラスに注いだ水を飲む。

昨夜も彼はいつもの場所で、いつもと同じようにペンを走らせていた。彼の気持を知る者はいない、気にする者もいない。そんな彼を男と女の様々な気持が通り過ぎて行く。

  

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