ホンヤも渋滞

    

 ある日筆者は業務で外出した。そしてバンコク市内の外出先での打ち合わせとお茶飲み話が終わって、「こんどいっぱいやりましょう」とお決まりの挨拶をして辞去した。

 外に出て腕時計を見ると、針がどこを差しているか気にせず、もう5時に近かった、と誤判断できる程度に筆者は目を文字盤の上にさっと滑らせた。(本人の名誉のために申し添えておくが、4時をまわっていたことは確かである。)そこでその日はもうアユタヤの工場に帰るのは止めにして、情報収集(何の?)がてら伊勢丹の紀伊国屋にでかけることにした。

 時期にもよるがバンコクでこの時間帯にどこかにかけるのは決意のいることである。云うまでもなく渋滞に巻き込まれるからである。「今夜も渋滞かなあ」と思いつつ車の行く先を変えてもらうと、思いのほか道路はスムーズに流れていたので十五分後には伊勢丹の六階に居た。紀伊国屋は伊勢丹の六階にあるのである。 まず新刊書のコーナーを見る。「なんだあ?猿岩石って、なんて読むんだろ。」「ピータースの「経営破壊」かあ。こういう経営書をまじめに読んでいた純真な少壮サラリーマンだったことろが懐かしいなあ。いまは焦燥中年サラリーマン週刊現代、週間宝石を読みながら桃太郎でラーメンを食すだもんなあ。」 

  ひととおり新刊本をチェックして、一列隣の棚の裏側の文庫本新刊コーナーへ移る。「ふうーんハリソン・フォード、じゃないジャック・ライアンものの新しいのがでているのか、きっと僕の奥さんがもう買ってるだろうな」 勝目梓の刺激的なタイトルが目にとまったけど、近くに若奥さん風の美人がいたからパス。 

 「ういんどーず九十五」とか「おっふぃーす」の日本語ソフトを売っているそれなりに(とってもお高いけど)便利なコーナー(でも買ったことはない)に「CodeWarrior で始めるMacプログラミング」なんて本が並んでいる。筆者は断言するが、バンコクにマックのプログラムを開発している日本人なんていない。この本は店晒し間違いなしである。といいたいところだが、実は「バンコクにマックのプログラミングをする日本人はいない」というのは正確ではない。筆者の家には(奥さんに内緒で買ったたいへん高価な)「CodeWarrior」とか、「Prograph」とかいうMacintoshのプログラム開発用のパッケージが存在している。

 が、実際につくったプログラムといえば「Hello World!」プログラムぐらいだ。とは言えそれも立派なプログラミングである(ほんとか)。いずれにしろC言語でマックプログラムを組む日本人がバンコクには筆者ひとりだと思うと、その筆者のためにこの高価な本を日本からわざわざ輸入してくれた紀伊国屋さんには涙を流しながら頭を垂れたくなるほど感謝感激である。でも買わない。この本はすでに持っているから。しかし東京堂へ行くと「Macintosh Developer's Journal」という開発者向けの定期刊行誌を売っている。いったい誰が買うのであろうか。本当はバンコクにはマックの日本語ソフトを開発しているソフトハウスがあるのかもしれない。あったらいろいろな意味ですごい。

 話がそれてばかりだが、そんな筆者の二メートルぐらい横に、年のころは三十中盤、中肉中背の腰に携帯電話を差した駐在員が立ち読みをしていた。彼は、バンコク下町ぐらし関係とか「こういうのがバンコク暮らしのだいご味なのよ、駐在のにわかエスタブリッシュメントやツアー旅行者には味わえない、ロコとタメであたりあう身の丈のバンコクを語るぜ」というようなちょっと食い足りないエッセイ本の類を読んでいた。

 その彼の持っている携帯電話が情けないメロディーで鳴った。
 「動かないですねー。・・・」
 「どれくらいかかるかちょっとわからないですね。・・・・」
 「はい、では。はい・」
という彼の声を筆者の耳がとらえた。ファラン(*註:西洋人のこと)のお客と横めしでも入っていて、上司がお客の前でいらいらしながら当人を待ってでもいて、その上司がこの寄り道駐在員の通訳が頼りの英語ができない話の下世話な奴だとすれば、そんなのはサボるに限るぜ。でも、ラチャダムリはそんなに混んでなかった。彼のアリバイがあとで崩れないことを祈る筆者であった。

 その日その時、紀伊国屋にぎっしり詰まって動かない渋滞はそのあと20分ほどは続き、やがて立ち読みをしていたそのご当人は本を下に置き何処へともなく立ち去って行った。

 


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