連載「駐在の視界」連載にあたって

小冊子

  

 先日、会社から帰ると自宅に厚手の封書が届いていました。手書きで宛名が記されているのを見てDMではないなと、わくわくしながら開いてみると文庫本を小振りにしたような小冊子が出てきました。それで、Tさんという高校の大先輩にあたるかたがバンコクで書きためてきたエッセイ集を送ってくださる、というので住所をお伝えしていたのを思い出しました。Tさんは二年間の国際協力の仕事を終えて帰国されることになり、その記念に出版されたもので、荷物を軽くするためにと謙遜されながらその貴重な一部を分けてくださったのです。

 Tさんはアフリカや南米にも駐在され、前の任地でも同様のエッセイ集を出版されたとのお話でした。タイでの生活のおりおりに感じられたことをまとめられたその本は手作り風の質素な装丁で、奥様のスケッチが挿し絵になっていて、かくありたいという静かな品のある御夫婦の仲を彷佛とさせるものでした。落ち着きのある文を味わいながら、私は多忙をいいわけに無為な時間を過ごしてきた自分のことを改めて反省していました。

 駐在の私もあと何年この地で過ごしていくことになるかはわかりませんが、すでに七年に近づこうというタイでの仕事、生活は人生のひとこまというには長くなり、それをどのような形で総括していくのかは意味を問うものになってきました。新会社のフィージビリティスタデイに徹夜を繰り返した当時の少壮気鋭の青年将校(笑)ははからずもそのまま駐在となり、着任早々クーデターから騒乱に巻き込まれ、いまやタイ国史上最悪の不況のまっただなかで落ちこぼれ中年サラリーマンと化しつつあります。私ならずともTさんのように何かを残してゆけたらと思うのは自然でしょう。

 呑気な普通のサラリーマン駐在員である私がタイの世の中について考えた勝手な思い込みを書けば、日本人ビジネスマンのタイ社会への不勉強と無理解という社会現象をクローズアップすると思ったのでしょう、NNA編集部から執筆を仰せつかったのは実は一ヶ月以上も前のことでした。

 そもそもは私がひっそりと開いた個人のホームページを見ての依頼とのことでした。無我夢中で新会社立ち上げに奔走し、ようやく一息ついた駐在四年目に外地で遭遇したインターネットブーム。はじめて時代を追いかける立場になった自分を嘆きつつ、見よう見まねではじめものですが、昨年後半の憲法草案論議について書いた駄文を編集部の方に発見されたのが運の尽きでした。なれない執筆、それも連載に二の足を踏んでいた私も「前に書いたものを焼き直したものなどでいいんですね」とうっかり引き受けてしまいました。

 この雑文が当地での一サラリーマンの活動の総括になっていくのか、それなりの決意を新たにしているわけではありませんが、タイでの駐在は何であったのか振り返る日がいつかくることを時々思い出しながら、あえて紙幅を与えてくださったNNA編集部のご厚意にこれからしばらくのあいだ甘えていこうと思います。読者の皆様には紙面の汚れと見過ごしていただければ幸いに思います。

(了)

 

 (注)

 「駐在の視界」は「NewsNet Asiaタイ版」紙に隔週で掲載されているものです。この文の内容はすべて筆者個人の見解に基くもので、筆者の勤務先、あるいは他の所属する団体とは無関係です。著作権は留保させていただき無断の転載はご遠慮願います。またこの内容や内容が原因で生じたいかなる事態にも筆者および「NewsNet Asiaタイ版」紙はその責任を負うものではないことをお断りしておきます。

 


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