第2回

10%の民主主義(1)

  

 いささか旧聞に類しますが、昨年11月、現憲法は圧倒的多数で国会で採択されました。直前に反対派のデモまで組織したサノ内相(当時)までが賛成したのは開いた口がふさがりにくいきらいもありましたが、(タイならば)許しましょう。

 この新憲法草案は賛成しなければ非民主的、汚職利権の輩という一種の踏み絵のようになっていました。私自身は旧憲法、新憲法草案のどちらもその内容を詳しく知るわけではありませ んが、そう単純な図式で計れるものでないことは明白でした。

 「閣僚は議員を辞職しなければならない」とか、「上院議員を直接 選挙で選ぶ」とか言う点については、議院内閣制とか政党政治の意味を踏まえた上で述べないといけないのでしょうが、全体の整合性は?という性急に作られた印象もありました。また、そもそもこの新憲法は政治家を排した起草委員会で作られ、基本的に政治家の汚職をなくすことを目的に徹底的に政治家不信のポリシーで作られています。が、信用されてない人が良い仕事をするかというような疑問もあります。今回の草案づくりのなかで一番文句をつけたのは一番リベラルと言われる民主党でした。それほど事情が簡単でない一例です。

 「議員や閣僚、それに選挙管理委員をも大卒に限る」という日本人の人権感覚(そのようなものがあるのかは別の議論ですが)にはなじまないところもあって、一概 に民主的だとか理想的だとかいいづらいところがあります。

 本来ならサリット首相以来のタイ式民主主義の歴史をひもとかねばならないのかもしれませんが、開発独裁経済の原型を作ったのがサリット元帥以来、まさしくその流れをくむ軍や上流階級を出身とする旧勢力、地方の実力者が台頭してきた新勢力、そしてバブルによって急浮上した新たなるビジネスマン層や新興中間層、さらに狂言回しのような古い学生運動家たちの確執やせめぎあいがその底流にあることは間違いないでしょう。

 タイの就学人口のうち大学生は約9%です。あまり適切ななぞらえにはなりませんが、数字でいえば1割の国民があとの9割の国民を導くということになるでしょうか。まあ「一部の利権まみれの汚い政治家に惑わされるより大衆にとってそれはいいこと」という論理も成り立つのかもしれません。基本的にはバンコクの学者や役人やビジネスマンによって作 られた草案です。彼らの論理に支配されているのだと感じます。

 マスコミの多くはバンコクの中間層の民意を世論として報じます。 が、バンコクの登録人口は約6百万人で全国民の一割です。選挙人名簿にのっている登録都民は国民の一割にすぎないのです。国会で新憲法草案が否決されていたら次は国民投票に可否を問うことになっていましたが、そうなれば否決の可能性も高かったと言われます。なぜそうなるのか、是非は別としてここはよく考えなくてはならないところでしょう。

 

 

 


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