第5回

フレッシュマンの季節

  

 四月から五月にかけてはタイでも新卒の人たちが就職するシーズンになっています、日本のような新卒一斉採用という習慣はありませんが、それでも規模の大きな会社ではこの時期にまとまった採用を行う会社も多いようです。タイにおいてこれまで見られたような極端な売り手優位の会社選びの時代は去ったといってよいでしょうが、それでも専門教育を受けた人材の逼迫にはいまだに変わりはないと言ってよいでしょう。

 学士や修士の卒業生などはこれからの自分のビジネスのキャリアに踏み出す門出ですから、本人の就職にかける意気込みもそれなりにあるのは当然でしょう。が、人生長いですし、これまでの日本人のように長く一つの会社に勤務していくという前提があるわけでもありません。職場環境が自分のライフスタイルに合うかどうかをささいな点で若いうちから気にしすぎことは自分の将来の可能性を制約してしまうことにもなりかねないと老婆心で心配します。福利厚生のちょっとした差や、オフィスが近代的かどうかなどにこだわるのは、停留所にやってきたバスの車体がぼろだからやり過ごして次のバスを待ったりするようなものでしょう。目的地に行くバスなのかどうか、費用や所要時間の面で効率のよいルートなのかどうかを見極めて今来た車両にぱっと飛び乗る決断が人生を決する場合も多いのではないでしょうか。

 タイでは新卒でいきなりマネージャーかその候補になって、個室が与えられるという待遇すらもあると思います。実績を厳しく問うかぎりは悪いこととも思いませんが、やはり経験の少ないものにはやれることにも限度がありますので逆にかわいそうという見方もあるでしょう。この辺の処遇と職責のバランスを実務の効率と人材育成の関係からよくわきまえてしっかりしたポリシーを持っている会社であれば、職を求めるには良い会社なのだろうと思います。労働条件は変えられるものですし、どんなやり方であれいかにその制度の長所をフルに生かすかという会社の方針と本人の態度の問題と思います。

 日系企業もさまざまですが、当地では日本流とタイ流(これがどんなものかはおいておくとして)のミックスでやられているところがほとんどでしょう。数ヶ月で職場をかえて行くような明らかな失敗例も非常に多いわけですがこれは問題外として、有能な人の中にも欧米流に転職によってキャリア開発を図るタイプの人間と、長く勤めて人望厚く組織をまとめて行くタイプの人間といろいろいらっしゃるように観察しています。二〜三年で転職していくその道のプロと、十年以上勤めるマネジメントや専門技能向きの人間を上手に使いわけていくのが事業にとっても本人にとっても非常に有効なことだというふうにも思えます。個人のキャリアに対する組織と本人の思惑にミスマッチが生じないようにいかにコミュニケーションをとっていくかが鍵ではないでしょうか。共通の認識の上に業務や自己啓発の目標と実行計画を共有していけば職場のモラールを高め、人員構成の構造的な問題を避けることにもつながるでしょう。

 新卒者はまだ自分なりにキャリアの方向性を決めていく判断材料に欠けますから本人が迷うのも当然と思います。自分なりの方向性を持っているように見える人でも実務を通じて得た情報にも基づかない以上、大部分は好き嫌いや思い込みにすぎないとも言えます。私が就職の相談にのるときは、人に対するポリシーのしっかりした、個人と組織の対話のある会社を選ぶことを薦めるようにしていますが、このアドバイス、どれくらい役に立っているかはわかりません。

 (了)

 

 


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