第6回

明日はどっちだ

  

 近年、タイ政府の工業振興政策はそれなりに効を奏し、製造業の産業構造は着実に充実してきました。私の勤務先はOA機器を製造していますが、現地調達率が年々高まっていくのには確かな手ごたえを感じていました。それが昨年来本格的な構造調整局面に入ったタイ経済にあって困難に直面しています。現在、着実な足取りを取り戻しつつあるとはいえ、内需向けを中心に多くの分野において需給ギャップの解消には長い道程があるでしょう。

 最近、あるプラスチック部品の工場を訪問しました。新しい工場はレイアウトにも長年の経験が生かされ合理的で、小型、省電力で高性能の新型成形機が整然と並ぶまさにピカピカの新鋭工場です。残念ながらその新型の機械ほとんどは動いていませんでした。メンテナンスエリアでは若い技能者がひとりぽつんと金型の調整をしていました。

 確かに仕事が無いのは経営上深刻で心情的にも寂しく無念ですが、ピカピカの工場には何か未来を感じさせるものがあります。この工場も何とかこの苦境を乗り切れば素晴らしい工場になるように可能性も感じました。

 一方輸出向けの工場では仕事は減ってはいません。私の勤務先もそんな工場のひとつです。現場やオフィスの技能技術のレベルはまだまだであるし、片時も目を離せない運営体制の脆弱さに苦労は絶えないものの、平均年齢は二十歳台前半で、未熟で拙いとはいえ新技術の習得には熱心だし労働意欲も低いわけではありません。若者の目は輝き将来に向かう勢いに陰りはありません。

 タイ国民の平均年齢も三十に満たないと聞きます。新鋭の設備、そして若く向上心に富んだ人々を見れば荒波に揉まれようともこの国の将来は明るいようにも思えます。

 ところで八十年代にはアメリカの製造業の空洞化が報道され、日本のテレビには閉鎖をせまられる家電や自動車メーカーの工場の姿―高齢の生産性の低い労働者たち、低下した従業員のモラル、老朽化した設備―が映し出されていました。今テレビに映る日本の製造業者の映像の一部にはそれによく似たものがあるように感じます。円高を乗り越えた日本製造業と云いますが、業績は良くてもそれが構造転換というよりは投資や投資的経費の削減による、身を削って将来の可能性を絞ることによって得られた「未来から借りて来た利益」であったりします。不況に耐える姿勢が長引いて息も絶え絶えの工場も多いのが実情ではないでしょうか。

 しかしけっして日本中がたそがれているわけではありません。先日日本に出張した際、ある工場の現場を訪問しましたが、タイの工場の技術や管理のレベルも生産性も向上したとはいえ、やはり仕事の密度とスピードや作っている製品の技術レベルにおいて、日本の工場のそれとは天と地ほどの差があり、七年近く日本を離れている自分が文字通り浦島太郎のように思えました。高度に熟練した技術者や技能者がきちんと価値を創出することは可能なのだと実感しました。

 どちらも不況にあえぐタイと日本ですが製造の現場の様相はいろいろです。「まだまだこれからの工場」と「まだまだ頑張れる工場」のどちらに将来をかけるべきか、という問いの答えはある意味では明白かもしれません。ただこれをタイと日本の製造業のアナロジーととらえるのはあまりにも単純過ぎます。どちらの国のもの作りにも未来はあります。肝腎なのはそれぞれの未来への道程をどう描きどう行動するかということであることは云うまでもありません。そしてそれが若いひとたちの肩に担われていることも。

(了) 

 

 


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