第8回

ソンクラーン、何か違いません?

  

華々しい水かけ

 たまった仕事の積み上がった書類を片づけていると、会社で行ったソンクラーン祭りの写真集が出てきました。ソンクラーンの話題は時期を失していますが、来年もこの連載が続いていることはなさそうなので話題に取り上げることをお許しください。

 4月中旬ソンクラーンの季節、テレビでは各地で繰り広げられる、街角の水かけの様子が伝えられます。蛍光色も鮮やかなこのために作られたとしか思えないような精巧で高性能な水鉄砲で行う銃撃戦?の様子もその一コマです。海辺の観光地などに出向くと、街道を行き交う車に沿道やすれ違うピックアップトラックなどから、バケツやホースで水が浴びせられます。
 危険すら伴う羽目を外した無礼講の楽しいお祭りです。バケツやホースで水を浴びせかける様は「勇壮」という言葉ですら形容したくなるほどのものです。

 日本人のタイ旅行者にもこのお祭りは有名ですから、この時期旅行して帰った人たちの話題はこんな破天荒な騒ぎにどれくらい参加できたかという視点で語られることが多いようです。

 

静かな水かけ

 筆者の会社ではタイ人社員と日本人社員の相互理解を深める目的で、それぞれの国の季節の行事に際して、社員会の主催で折々にちょっとしたイベントを持っています。今月は日本の五月の節句の紹介をしました。冒頭に述べた写真はソンクラーンの連休に入る前、4月10日の朝始業前に、年長者への水掛けの行事というのをしたときのものです。

 平均年齢二十四歳という会社では筆者も立派な年長者です。会社幹部が部屋の一面に座って並び、その前に列を作った人たちから順番に、合わせた両手に水をかけてもらいます。銀色の鉢に張られた水の面には花びらが浮かんでいます。その水をかけたりかけられたりしながら一言二言幸福を祈る言葉をかわしていくと、それだけで自分が思慮深い村の長老にでもなった気分がしてきます。連休の前ということもあり、普段の仕事の慌ただしさや眉間にしわのよった険しい表情を忘れ、会社に張りつめた緊張をそっと解きほぐすような安堵感が漂います。

 ソンクラーンの休暇中のバンコクは日ごろの喧騒が静まり、通りも広々と空き、空気も透明で青空も抜けます。こういう時に市内を巡るのも良いものです。澄んだ空気と強烈な太陽光線がつくるコントラストの高い風景の中、熱い大気に汗を蒸発させながらお寺の入り口にたどり着けば、やはり銀の鉢に丁寧に氷まで入れて張られた透明な水を静かにかけてもらえます。水滴に反射してきらめく陽光が鮮烈です。冷たい水が本当に心配りに感じられる瞬間です。そこがワットサケットであれば、山の頂上に着くころには濡れたシャツの背中はもう乾き始めていることでしょう。

 

変わりゆく水かけ

 家々の軒先で静かな水かけを受け、路地裏では子供たちの水鉄砲の待ち伏せに会う。ソンクラーンは、ずっとそんなたおやかな、尊敬と慈しみとささやかな茶目っ気に満ちたお祭りではなかったのか、きっとそうに違いないという確信が沸いてきます。昔は桶の水を目一杯勢いつけて浴びせかけるなんていうオプションはなかったのではないかとも思われてきます。マスコミさん、観光業界さん、派手な水かけも楽しいでしょうが、タイらしい細やかな情緒を感じさせる静かな水かけをもっとプロモートしてもらえないでしょうか。きっとタイを好きになる人がもっと増えることでしょう。
 えっ、「そんなのアメイジングじゃない」って?

(了)

 

 

 


目次に戻る