第9回

タイにおける「環境」(1)

  

免罪符のない環境保全

 このところダイオキシンやトリクロロエチレンという化学用語が日本の新聞紙上をにぎわせています。タイで事業されている方にとって公害防止や環境管理は、場合によっては一民間企業経営者のちょっとした間違いが国際問題にもなりかねない重要な命題です。環境保全の難しさの一つは、この二つの例からもわかるように今は思いもかけないような問題が将来発生して責任を問われるということです。いまどきBOD(生物化学的酸素要求量)やバーゼル条約という単語を知らなければ工場長失格でしょうが、よく勉強をし法に従って必要な措置を講じたり良心に従って十分以上の対応をとるのみならず、将来起こりうる問題に対し技術面、社会面で深い洞察を巡らせいろいろな可能性に備えなければなりません。まじめに取り組めばきりのない世界です。

 

タイ国の環境管理

 環境問題には科学的に理論が未確立な領域も多く判断が国によって異なったりで、外国で規制を調べることも簡単ではありません。日本人商工会議所などが関連法規の翻訳を提供してくれたり、日系企業経営者にとっては比較的環境の整っているタイですが、環境関係の規制や基準も国家環境委員会、科学技術環境省、工業省、保健省、各県など各役所の所轄も線引きが複雑だったり、複数の法規が新旧からみ情報収集がやっかいです。
 また翻訳があっても法律や規則の隔靴掻痒な記述には往生しますし、規制あって手続きなしという法と行政実務の乖離にも毎度のことながら途方にくれます。

 排水や廃棄物の処理の基準自体、先進国のそれを参照してつくられたのかそれなりに厳しいですが、問題はその基準を満たす処理施設がないことや、そもそも物質を基準値のオーダーで測定できるような分析能力がアベイラブルでないというギャップです。

 実際に筆者の勤務先の工程から出る電気部品などの廃棄物の中には、タイ国内で処理ができなかったため、当局より長期にわたって工場内での保管を指導されていたものなどがあります。また、工場設立にあたっては将来操業による環境影響を把握できるように、建設工事の前に原状の土壌サンプルなどを採集しましたが、この分析を委託できるような機関がありませんでした。一時は、継続的に環境測定を行うためには、ガスクロマトグラフィーなど普通なら持たないような高価な分析装置一式をそろえたラボを自前で用意せざる得ないのではないかとすら思いました。

 

企業の対応

 公害防止先進国日本から管理の行き届いていない国や地域に工場進出をしたとき、日本でやっていたようにやれば十分なはずだと思うのは認識不足です。外部施設や機材や社内外の専門家の不足、さらに一般への啓蒙が不十分ななかで、日本と同じような水準の保全活動を行うにははるかに努力を要します。
 ひとたび会社を出れば可燃物も不燃物も危険物もゴミが処分場にいっしょくたになって投げ捨てられてしまっていた時に、社員に啓蒙教育を施し社内でゴミの分別を徹底するのはまさに文字通り砂に水を撒くようなものでした。先進国の水準を発展途上の社会とそのインフラのなかで達成する苦労は公害防止の技術的な面にとどまらず多岐にわたります。
 拙速な立法だとか、実態を無視した行政だなどといろいろと批評することは可能ですが、立法の精神自体を考えたとき、また一個人、一企業として環境保全へのとるべき態度を考えたとき物事は簡単な方向へは向きません。文句を言わずできることを最大限にやる以外にないと思います。

 

 

 


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