第10回

タイにおける「環境」(2)

  

タイ人の環境意識は高い?

 ここ数年の間にランプーンやマプタプットの工業団地においては労働環境汚染や水質汚濁などに対し従業員や周辺住民からの告発があり大きく報道されましたし、製糖工場の排水による水質汚濁に地域住民による行動がありました。一般にタイにおいて森林伐採や農薬の使用、化学物質を用いた養殖の弊害、自動車の排気ガスなどに対して社会の認知と問題意識は確かです。

 またラヨン県での産業廃棄物終末処分場の建設には長い間反対運動が続き、善し悪しは別として地域住民のNIMBY(Not In My BackYard)意識も先進諸国の人たちとは変わりません。

 七年ほど前にある有名デパートの主力店舗の前に分別の可能な色分けされた四基ワンセットのごみ箱が並びました。失礼ながら「ふうーん、やるもんだな」というのが率直な私の感想でした。乱伐による森林資源の枯渇、バンコク市内の運河の惨状にタイの人たちの環境保全意識を見限っていた筆者には新鮮な驚きでした。光分解性の樹脂(それ自体が環境フレンドリーかどうかは別として)を使ったビニール袋などもスーパーなどで使われるようになり、コストをいとわない姿勢には感心しました。

 

タイ人の環境意識は低い?

 しかしそのデパートの分別ごみ箱は一年ほどのうちに姿を消してしまいましたし、スーパーのポリ袋はもとのものに戻ってしまいました。(現在バンコク都庁はゴミの分別収集を始めています)たとえ水上バスに乗ったことがないかたでも、ジムトンプソンの家を訪れたことのある人なら、その庭先を東西に走る市街に残った幹線のひとつであるセンセーブ運河の有様をご存じでしょう。

 バンコク辺縁部でも一見のどかな水路沿いの暮らしが汚水の上の暮らしになっています。またゴミを平気で道路などに投げ捨てる人を見てタイ人のモラルを嘆く日本人は多いことと思います。それなりに自分の家を片づける人たちが、すぐ床下の水中の状況に平気でいられるわけはないと思うのですが。「これだから・・・」という声が聞こえてきそうです。

 

行動のベクトルは同じ

 確かにかのデパートの例は、高学歴の裕福な客層にものを売る粗利に余裕のある高級店だからできることかもしれません。しかし筆者の勤務先では高中卒のオペレータにも地球環境問題の基礎教育を行っていますが、エネルギーや資源の節約の必要性はもちろん理解されますし、オゾン層破壊や温暖化問題についてもまったくちんぷんかんぷんというわけでもありません。生態系や化学や地学の基礎知識に欠けていても地球環境への問題意識は持てます。環境先進的かどうかというのは、リソースやインフラ、そして教育やちょっとした社会習慣の問題であって、人間の意識能力や民度、また個々人の努力の程度にさほど差があるとは思いません。

 昨年の地球温暖化防止京都会議の報道を思い出していただければわかるように、環境に関する国際会議はまさに政治的な国家エゴによる駆け引きの場になっています。排出権売買という現実の前に理想だけを唱える評論に出番はありません。「環境」は世界、国家、コミュニティそして個人それぞれのレベルで、矛盾にいやおうなく向き合わなくてはならない問題です。この矛盾へのチャレンジにおいて環境先進国も後進国もないというのが筆者の実感です。「タイで『環境(対策)』なんてやれるの?」とか「『環境』をやる環境ではない」と言う態度は日本でもこの問題に対して受け身でしかなかったことを暴露します。ここではフォロワーではいられないのです。

(了)

 

 

 


目次に戻る