第12回

突貫工事

  

ハイスピードのインフラ工事

 私が毎日通勤しているウィパワディー=ランシット街道では今、ドンムアントールウェイの延長工事が急ピッチで進んでいます。広大なタマサート大学のランシットキャンバスの一部にアジア大会で使う競技施設を建設中ですので、年末に間に合うように急いでいると聞きました。まさに突貫工事です。

 タイに新しい工場を作るにあたって仕事を始めたころは、一般論としてタイでは仕事が予定通り進まないこと、工事が遅々としてすすまないことなどをずいぶんと聞かされましたが、インフラの工事についてはどうも違うような印象を持っています。昼夜を徹する作業のせいか、どうしてどうして工事は速いように思います。

 私の通勤路の周辺で、過去、ウィパワディー=ランシット路の舗装拡幅、アジアハイウェイの拡幅工事、首都高速二号線第一期工事、ドンムアントールウェイ第一期等々道路の工事が続きましたがいずれもみるみるうちにできあがって行きました。ただし工期そのものもかなり短く設定されているような気もしますから、納期に遅れるという事実もあるのでしょう。

 この私の感じ方にはあまり自信がありませんでしたから、ある日バンコクの地下鉄工事に参加していると云う、中国から来たエンジニアと話す機会があった時に質してみました。比較の基準の問題はありますが、彼もタイの土木工事の手際は良くスピードが速いとしきりに感心していました。(彼は日本の工事は見たことはないと言っていましたが)

人命とのトレードオフ?

 もちろんこのスピーディーな工事の陰にはいくつか犠牲になっていることがあります。 一つは交通。渋滞がひどくなるのは一時の辛抱というわけですが、この一時はいささか長いですね。次に環境。工事サイト周辺の住民は埃や騒音、振動に悩まされ続けていることでしょう。その次には完成度。いわゆるソフトオープンと言うのでしょうか、未完成の部分を残したまま供用を始め不具合を積み残すことがあります。

 そして安全です。タナヨンの高架電車プロジェクトでは私が知るかぎり過去数ヶ月のうちに三件の人身事故がありました。冒頭に述べたドンムアントールウェイの延長工事の現場も街道を往来する通常の交通の真上で工事がすすんでいます。先日退勤途中の同僚がちょっとうとうとしているときに、どさっという大きな音で目がさめたそうです。その音は、バケツ何杯分かほどでしょう、上から落ちてきた土砂が乗っていた乗用車のボンネットとフロントガラスに衝突した音だったそうです。落ちてきたのがコンクリートや鉄骨のビームであれば命はなく、スクムヴィット路での悲劇の再現であったかもしれません。

 バンコクのピチット知事は従前、各プロジェクトの工事の安全確保の不十分さに警告を繰り返し、事故の度にタナヨンの高架電車プロジェクトには工事中断を命じているようですが、彼のいらだちはいかばかりでしょうか。素人目に見ても安全対策は不十分で、その不十分な度合いが昨年来ひどくなってきているように感じるのは気のせいでしょうか。

工事は続く

 交通事故をはじめいろいろな事故の少なくないタイですが、工事現場でもいくら自分が気をつけていても事故に巻き込まれれば終わりです。あるとき「タイ駐在は命懸け」と云っていた人がいて、当然「紛争地域や辺境を思えばタイ駐在がそんなことを口にしたら笑われるのがおち」という話になりました。とはいえどなたも朝家を出るとき「帰ってこれないことも有り得る」と思うことはあるでしょう。一万人の安全を確率で論じるのとは違って一人一人にとっては結局「ゼロ」か「一」です。一万回の「ゼロ」も一回の「一」をあがなえません。

 ともあれ不況のさなか人々の不安と期待の眼差しを浴び、突貫工事は今日も続いています。アジア大会まであと半年、高架鉄道営業は2000年、地下鉄営業は2003年。香港の新空港の事例は他山の石です。トラブルがあっても貨物が滞ったり国家の面子がつぶれるぐらいで済めばまだいいのですが。

(了) 

 

 


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