第13回

失われたものとは(1)

  

 

タイ人のホスピタリティ

 「なぜ、たくさんの日本人がタイに行くのでしょう? タイに魅せられるのでしょう?タイには日本人が失った(あるいは、忘れた)ものが、沢山あります。喜怒哀楽、人の笑顔、etc...一度しかタイに行ったことがない私が、なぜかとても懐かしく感じました。 羨ましく思いました。また行きたいと思いました。そう思わせる魅力が、タイにはあるように思います。」

 あるネット上のやりとりのなかで若い日本人旅行者の方が語った言葉です。旅行して、あるいはそこに住んでタイに惹きつけられることが多いと思いますが、その理由の一つにはこの若者の語った言葉に表されるような人々のホスピタリティがあることは誰もが同意できるでしょう。

 

日本人のそれはどこへ行った?

 筆者は数年間東京の下町に住みました。べらんめいの江戸っ子調を予想していた筆者でしたが、そこには意外にもはっとするほど優しく美しい日本語の会話があり、日本人の心配りがありました。確かに自分にはない昔からの日本人の人間関係を感じ、あたかも自分が外国人であるかのように感じたものです。と同時にずっと忘れていたものを思い出させられたような気持ちに、また確かに日本人である自分も意識していました。日本の心とタイ人の笑顔の心は同じものとは言えますまいが、やはり冒頭の言葉が嘆くような日本人のホスピタリティーの喪失とそれをタイで再発見するという経験が確かにあるといって良いでしょう。

 いわゆる現代の日本人が普段笑顔を見せないのには理由や背景があります。旅をして人と交流することや、客人を招き、客人として招かれたりすること、町内のしがらみや隣人としてのつきあい、毎朝のバス停での挨拶、そして家族のなかでの世代間のぶつかりあいとか、そういう触れ合いの機会は失われる一方でした。ある意味で無理のないことではあります。確かに毎朝電車で乗り合わせる人全員に挨拶してゆくことはできないでしょうから。

 あらためて考えるまでもなく、こういう人の心のふれ合いというのはある種の煩わしさと表裏一体のものです。日本人は狭い島国の、あるいは閉鎖的な農耕社会の煩わしい人間関係からの脱出と個人の自立をめざして今日のホスピタリティーの喪失に向かって来たと言えるでしょうが、これまでのところ前者にだけは成功しているようです。しかしその目的を忘れたか、あるいはこの煩わしさを知らない世代人が多くなっているからか、ここに来てみれば人間関係の喪失を嘆く声が聞こえてきます。

  

変化するタイ人のホスピタリティ

 タイ、特にバンコクにおいて、仕事でもなんでもよいのですが私たちが同じバックグラウンドや動機を持つタイ人と一緒に行動することになったとき、そこに「何かの失われたタイ人」を感じることもあろうかと思います。同じように人間関係が限定的、画一的になりがちが都市生活を営むなかでタイ人といえどもやはりドライになりがちです。優しさや余裕(の多少)、喜怒哀楽、笑顔などタイ人と日本人のそれには微妙な違いも感じられますが、違いながらも失われ行くものに対する思いは同様なようです。

 以前会社で幹部合宿をしたことがあります。急速に大きくなる会社に広まりつつあったビューロクラシーについて議論していたときのことでしたが、三十代前半のタイ人のマネジャーが同僚のタイ人マネジャー達に「みんなNAMJAIをどこやった」と発言しました。「いろんな国のいろんな境遇の人が集まってる会社だからこれが必要だ」 「たとえ相手が何も反応しなくても人の気持ちを少しでも良くするようにしたい。冷たくされてもやめないのが我々のNAMJAIだ」 彼はタイ人もさまざまな民族のいるなかで、また外資系企業において違う国の人たちが一緒に仕事をするなかで、「タイ国人」としてNAMJAIを忘れてはいけないと呼びかけたのでした。

 街中で見るバンコクの人たちの表情も確かに変化しています。都市化や欧米流のライフスタイルの浸透などによって説明されるこの変化は、新聞のコラムなど云いそうな人が云いそうな場所では従前取り上げられてきています。しかしこのマネジャーの発言は、この変化がはっきりと市井のタイ人の間にも意識されていることなのだということをあらためて知らされるものでした。

 

 

 


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