第20回

学歴社会を考える(1)

  

学歴重視

 筆者の勤務先ではマネージャー職になるには大卒以上の学歴が必要という規定があります。世界中で実力主義を唱う会社ですから、この点はことあるごとにタイ人と日本人の議論の対象になります。現行憲法で「国会議員は大卒以上であること」が資格要件にあるほどの国ですから、これはタイにおいて一般的なことと思います。
 日本人からすれば優秀な現場上がりの監督者をこの条件でマネージャーにできないのは残念ですし、この規定には心情的にも納得しかねるところです。が、タイ人の学歴のある幹部はこういう条件において絶対に譲らず規則は変わりません。自分たちの社会的基盤を犯されるようなたいへんな防御意識も働くようです。あるローカルスタッフがマネジャーに昇進したい場合は、なんとか仕事をしながらでも大卒の資格を取得しなければなりません。これも「タイは学歴が幅を効かす国である」ことの一側面でしょう。

 免状がなければ実力は保証できないという実力意識があるのなら、学歴は実力の評価であり、また境遇や運、そして努力でそういう能力を得ることができた証であるという考えもあるでしょう。それが運や境遇で得たものでも能力は能力ですから、学歴が専門能力と一般的能力に相関している事実が前提として存在すれば、学歴でその人の能力を判断するのも合理的な考え方です。しかし、この当たり前の前提がどれくらいあてはまるのかが問いであることは、どの国でも同じことでしょう。

 この前提が成り立たなければ、職務上の何かを学歴で何かを制限することは差別になってしまう論法もあるかもしれません。しかしこれは本末転倒とも言えます。
 とはいえ、いみじくもある大卒スタッフは同じポジションの短大卒スタッフとの給与差がないことを嘆いて云いました。「一所懸命勉強して大学を卒業したのに・・・」こういう言葉が出ると、大卒としての実力よりも免状が重視されているような印象を強くすることになります。

 

 


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