第29回

ハラキリ

  

 

 筆者もかかさず読んでいる日本の新聞に回顧録の囲み記事があり、最近のある会社の会長さんのお話は、旧帝国海軍の特攻隊の出撃の場面から始まりました。どなたのどのようなものでも特攻の話には、是非を超え襟を正さざるを得ない気持ちになります。

 特攻にしろ切腹にしろ、日本人以外には普通には理解しがたいものであるそうです。

かといって他の文化の人が同じことをしないわけではなく、現在ではスーサイドアタックは世界でも珍しいものではなくなっています。自ら命を犠牲にすることについては宗教的な背景や目的が様々ですが、集団や社会においてそれを是認する精神状態が広まる範囲でそれは理解されてしまう、と言えば筆者の一つ覚えの相対論になってしまうでしょうか。

 最近増加するタイ人の自殺の原因は、借金、失業、就学、失恋、持病などということですから特攻や切腹とは様相が異なります。この不景気の中で日本から聞こえてくる昨今の自殺の報道も同様であって、あとは組織のあつれきのなかですりつぶされたような自殺です。

 実際に命を捨てることとは別に「腹を切る」という言葉があり、こちらもタイ人にどう理解されているのかわかりません。大きな不祥事があいついで表面化する中、日本の週刊誌には「腹を切れ」という見出しが踊っていますが、あってもおかしくない当主の切腹に相当するような話は聞きません。嘘と怠惰を何年も続けて来て腹を切るのは不自然ですが、「知らなかった」「精錬潔白だ」というところに結果として不徳が生ずればこそ切腹がふさわしいとも言えます。「金のために腹を切る人はいない」と言ってよいでしょう。そこに「腹を切る人がいないのはみんな金のことしか考えていないからだ」と言ったら論理展開としては誤りになりますが・・・・。

〈了)

 

 

 


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