第30回

損した損した

  

 

  昨年、タイバーツの価値が外貨に対して半減しましたが、為替相場の変動は、駐在の人間にしてみれば、タイから幾ばくかのお金を日本に送るときにいくらになるかということに直結し、大きな関心事です。

 ある時ある人が「損した、損した」と言っていました。送金したときに思惑よりバーツが安くなってしまったという訳です。これを機会損失と言う人もいるのかもしれませんが、筆者はちょっと意地悪かなとも思いながら「ほんとに損したんですか?」と聞き返しました。「損した、損した」と言う人は、日常において幸せとか感謝というものを感じることはなかなかないだろうと思います。

 予想が外れたということが損という言葉に直結するのも変ですし、百歩譲って「こうしていればもっと金が多くなった」ということがあったとしても、以前得していたのか、あるいは今損しているのか、答えられるほどよく考えてものを言っている訳でもなさそうです。

 皮算用がはずれるのは悔しいものですが、虫が良すぎたのではないかどうかは自分には見えにくいものです。得した損したと騒いでいる人はリスクヘッジという言葉を理解していても、その効用を理解していません。また既得が当前のものになるのはやむを得ないとしても、自分がそれに値するものであったのかどうか顧みる心もあって良いのでないでしょうか。

 為替相場もまた人心を惑わすのかもしれませんが、安心立命を求めるならば、自分のタイと日本における仕事や生活の価値や収入について、自分なりに納得した尺度を持つほかはないでしょう。為替相場に関連して国家経済の実力差は論じても、自分の実力になると私たちの分析力は低下しがちです。損した損したと思う心が多ければ、いくら金をもっていても豊かにはなれない道理です。

〈了)

 

 

 


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