第33回

二つの経済(下)

  

 

 水が有れば必ず魚が泳ぎ、田が有れば青々と稲の風になびく姿を見るにつけ、貨幣経済への関与の少ないタイの農村の暮らしが貧しいとはいえそれほど惨めには見えません。タイの第一の経済は貨幣価値で計るより豊かといってよいでしょう。

 ではバンコクで花開く第二の経済はといえば、冷房が入れば快適ですし、テレビが見られれば楽しいし、道路や橋が整備され車で行きたいときに行きたいところへ行けるのもなかなか便利です。「モノは人を精神的に豊かにするとは限らない」というのも事実ですが、それはモノの飽和してあふれた経済圏の人間の言うことで、モノが増える過程で生活が確かに便利になっていくようにタイ人は感じないでしょうか。貨幣価値で図る経済規模が大きくなるとき、同時に成長を確かに実感できる経済と言えるかもしれません。

 タイには二つの経済があると思っているうちに、世界にはすでに第三の経済があることに思い当たります。日本人の個人資産は千二百兆円あるそうです。それらがどこをさまよっているのかは筆者には特定できませんが、先進国の経済がこれまでに蓄えた富が働いている経済も今や膨大な金額です。第三の経済には、なけなしの老後の蓄えに託すけなげな心、欲望、不安、また焦燥とが渦巻いて混沌としています。そこにその金額規模に見合う人間の幸せの実感があるのかと思えばちょっと首を傾げたくなります。

 金額で人間や社会の豊かさを計るのは、もとよりそれほど期待されていることではないかもしれません。確かに経済的成長を貨幣価値で計るのは、産業開発経済ともいうべき第二の経済を念頭に置くもののようにも感じます。タイで第一の経済に感心し、第三の経済を怪しめば、金額の示すものの意味を再度考えさせられます。

〈了)

 

 

 


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