第37回

戦場にかける橋(1)

  

 

  先頃のTIME誌にまたコソボの虐殺の写真が掲載されていました。目をえぐり取られたり、火を付けられたりして殺された住民の姿が生々しいカラー写真で伝えられました。人をしてここまでさせる憎悪は、すでに和平とか和解とかいうことによって解決できる範囲を超えていると感じさせます。「許そう、しかし忘れまい」という世界ではなくなっています。

 カンチャナブリの戦争博物館を訪れ、泰緬鉄道に乗ってみました。泰緬鉄道とクウェー河鉄橋、その工事の経緯については改めてここに説明する必要はないと思いますが、あらためていろいろな記述にあたって見るとその数字は様々です、ミヤンマー側とタイ側の鉄道の長さ、工期、そして徴用された人々の人数など数字もまちまちです。観光ガイドさんの話す数字はオフィシャルのガイド学校で教える数字でしょうし、クウェー河鉄橋のたもとの案内板の記述とは一致しています。しかしそれも単にそれをオフィシャルとするという以上の意味があるとも思えません。戦争博物館でもらったリーフレットの数字もすでに異なっています。しかし数字がいかようであれ、無理な工事に劣悪な環境下に多くの徴用された労務者と戦争捕虜が重労働を強制され、その多くが死んだという事実の重みに変わりはないでしょう。

 戦争博物館の写真はコソボの虐殺の生々しい写真をカラーで見ているわれわれには、衝撃はあまりありません。人々は過酷な労働と栄養の不足、熱帯病で倒れて行ったのですが、これらを伝える戦争博物館の写真や絵画は正視できるものです。動きのない白黒写真や絵画は、その程度が良いとは言えない保存や展示の方法とあいまってむしろたんたんと現実感があり、見る者に当事者達の心情までを思いやる心の余裕を与えます。。

 

 


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