第38回

戦場にかける橋(2)

  

 

 カンチャナブリの戦争博物館の資料を見て衝撃を受けた、という日本の若い人からのメールをいただいたことがあります。アジア各国をすでにいろいろ旅されている人でした。しかし私が驚いたことはこの若者が、少し前に世間の話題になったばかりの南京の一件も知らず、バターンの行進を知らず、サイパンの断崖も知らず、ガダルカナルからニューギニアに至る悲惨も知らないということでした。さすがにこれはいろいろと問題の多いことだと言わざるを得ません。

 パールハーバーと沖縄と広島・長崎で太平洋戦争を語ってしまうのは片手落ちと思います。なぜならそこには戦争の悲惨さを伝え一般論で平和の大事さを伝える効果はあっても、現実の行動や意思決定のなかで個々人が判断し行動することに対するなまなましい教訓が得にくいからです。原子爆弾を投下するようなことはいけないというのは簡単ですが、そこに至る過程で誰がどのような決断をし、行動したのか、さらにその上にどのようなホワット・イフがありえたのかを考える学ぶきっかけが必要です。

 泰緬鉄道は今日のミャンマーからインドを攻略しようとする旧日本軍の作戦を補助する機能を意図していたものとも思います。この作戦の経緯は今日マクロにもミクロにも昔の日本軍の問題点を象徴しているように感じられます。ロジスティクスの軽視(というより無視)。「否」の意思決定がされながらもなぜか一部の人間の勝手な意思が通って、無鉄砲な計画が実行に移されてしまう無責任な組織と意思決定プロセス。これらは今日の日本国の政治や企業経営のなかにたくさん同様な例が見つかるということに絶望を感じます。 日本人が大事なことになると一般的な総論ばかりで各論の具体的行動が伴わないことは、歴史からの学びかたにもその一因があるように思います。

 

 


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