第60回

コミュニケーション(1)

  

 

 オフィスで机に向かっていると人事課のスタッフがやってきました。その若い女性の事務員は黙って社内メールの封筒と一枚の紙を筆者の目の前の机上に置きました。神妙な顔をしていますが終始無言です。

 封筒には書類が入っているようですし、もうひとつの紙にはサインと日付けの記入欄があります。つまり重要書類を各部署に配布しているのであって、授受管理のためにサインをしなさいということはすぐわかります。彼女は黙って待っているのですが、ここでこちらも黙ってサインをしてしまうと「阿吽の呼吸で物事成立」になってしまいます。

「これは何ですか」と聞くと、相変わらず無言で「わかるでしょう?」という表情をしています。「何をして欲しいの」というと、どうして分からないのかという顔で「サイン」と一言。「『サイン』では分からない。誰のサインをどうして欲しいのですか」

「こういう書類を持ってきましたので、内容が確認できたらこの欄に受け取りのサインをください」 というフルセンテンスができるまで、このやり取りが続くわけですが、意地悪なこのプロセスをハラスメントととられて終わらないように、なぜ簡単に分かることであってもきちんとした会話をして欲しいのか説明が不可欠です。

外国人同士、簡単に分かった気になるのは危険です。たとえ筆者が完全に理解できないタイ語でも、5W1Hをきちんと口にして伝える習慣をスタッフに持ってもらいたいのです。こういう場合彼女が筆者に対して話しかけないのは、こちらが日本人でタイ語が通じなかったら英語なり日本語で話さなければならないという面倒と、あとはポジションの上の人間に対する多少の気後れでしょう。イージーな態度が生むアバウトなコミュニケーションが社内に蔓延するのを防ぐには、些細な逃避を見逃さずに矯正することの積み重ねが必要と思います。

 

 


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