第62回

コミュニケーション(3)

  

 

 通訳を使ってどれくらい正確なコミュニケーションが図れるかはケース・バイ・ケースですが、当事者が十分な言語能力を持たないときは、中途半端を避けるために有能な通訳を使うべきとも思います。

 タイの日系企業で、日本語ができるタイ人を通訳や翻訳の専任として雇うか、あるいは日本語のできるスタッフとして雇うかは熟考を要することです。が、人件費に余裕のない会社では管理職や専門職に日本語堪能の人間が応募してくると渡りに船ということになりがちでしょう。

 中間管理職が情報を握ってしまうことにより存在価値を保とうとする行動が見られたら、それは組織の危険信号であることは常識ですが、そういう観点から管理責任を持つ人間が情報のパイプを制御してしまうことについては常に警戒を怠らないようにしたいものです。

 本来別々の人間であればそれぞれの責任において牽制が働くものが、一人の人間に両方をやらせれば良好なコミュニケーションを目論んだことが逆に情報にフィルタをかけてしまうことになります。信頼しているうちはまだしも、頼り切ってしまったその先には結果として疑惑と背信が待っていたりします。それはそのキーマンが悪い人だということも言えますが、そういう状況と悪人を作ってしまった経営者の責任でしょう。

 正しい情報伝達が行える方向で各人にプレッシャーがかかる状態を維持することが肝要なのであって、何も管理者に日本語のできる人間を雇うなということではありません。しかしながらいろいろ考えるとタイ語と日本語が両方わかる人間が、それがタイ人か日本人かを問わず複数必要だということにはなりそうです。

 もうひとつは現場、現物を基本にデータや原典文書などいった動かせない「事実」をその場に介在させてコミュニケーションを図ることも心がけたいものです。

 

 


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