第68回

比較文化?(2)

  

 

 文化というと、地理的、歴史的なことを座標にして論じられることが多いです。文化は人やモノの直接の接触により伝播してきましたから、これは当然のことでしょう。

 ところが二十世紀になって電磁波が媒体として加わり様子は変わって来ました。交通や通信の発達が地球を小さくした、という言い方がされるようになりました。前回触れたようにビジネスや科学技術、そしてエンタテイメントは地球上でかなり共通の文化となっていますし、印刷媒体、電子媒体のプレゼンスの高い都市生活の均質化につながっています。地理的、歴史的なもの以外に座標軸ができてきました。

 National Geographic誌が最近Millenniumという特集を続けていて、8月号はGlobal cultureというタイトルで文化をとりあげています。表紙に二人の女性の写真があります。一人は黒い光沢のある、体に密着したスーツのファスナーを胸元深く開けて座る長い髪の女性です。ポップスのCDのジャケットから抜けてきたようなファッションです。その隣にはインドの民族衣装を着た中年の女性が座っていて、その二人が分子生物学者とマルチタレントの母娘だというキャプションがあるのです。いまやそのような対比を強調する写真も珍しくはありません。

 しかし気がつく価値があるのは、その黒いキャットスーツの女性のとなりに座っている中年女性が、日本の着物を着ていようが、タイの農家の作業服を着ていようが、顔まで覆う黒いイスラムの女性の身なりをしていようが、まったく違和感がないだろうということなのです。

この見なれたミスマッチの構図は、何もファッションに限らず世界のありとあらゆるところで日常の風景になっています。タイの日系企業の現場にもいろいろな形で存在しています。

つづく

 

 

 


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