第70回

比較文化?(4)

  

 

  カルチャーショックといいますが、ささいな習慣の違いによって文字通りの軽い衝撃ともいうべき違和感を受けることがあります。例をあげれば、プレゼントをあげたり食事をご馳走したりした翌日のタイ人のそっけなさなどがあります。他国人から見たときにちょっと理解しがたい日本人の不可解な行動というのもあるので、実はお互い様です。

 単一民族の日本人はみな同じメンタリティーを持っていてちょっとした違いに敏感なのは結構ですが、相手の行動や考えがつかみきれないことに悩みすぎたりうろたえたりするきらいがあるように思います。

 価値観の違いと良く言いますが、何が好ましくて何が好ましくないかについての認識がタイ人と日本人でまったく違うということはないと言って良いでしょう。集団としてそれぞれを捉えたときに中心や平均がどこにあるかという程度の違い、つまり水準の違いはあるかもしれませんが、個人個人に聞けば、時間を守るとか、ごみをちらかさないとかいう規範についての意見は同じです。何が習慣になっていて、社会の許容度がどこにあるか差異があるにせよ、あまり大騒ぎするほどのものでもないようにも思います。

 昨今日本のモラルハザードも、一部で常識と考えていることがやはり馴れ合いと成り行きで醸成されてきたその人たちの世界の許していることなのであって、その常識のずれも一種の比較文化みたいなものかもしれません。そう考えると日本人とタイ人の違いについても、特別な方法論を探してうろたえるほどのものでないという落ち着きを得ることができましょう。

 サヌック、サバイ志向に対して感情的になってしまうようなことがなければ、タイの人たちは日本人にとって「比較的」近しい、一緒にやりやすい人達でしょう。確かそう聞いてタイで事業をはじめた私達ではなかったでしょうか。

つづく

 

 

 


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