第86回

最後のクーデター

  

 

 それはちょうど9年前の2月、週末の昼下がりのことでした。筆者はホテルの一室に構えた仮事務所にいました。新会社の立上げ準備のために単身で出張、バンコクには筆者ひとりした。

 報告書をひとつ仕上げ、久しぶりの休日をどうすごそうか考えていたとき、突然電話が鳴りました。受話器を取り上げた筆者の耳に「おい、どうしたっ」と日本にいる新会社設立準備室の上司の声が飛び込んできました。「はあ?」「おまえどうしてるんだ」「何のことですか?」「クーデターだよ、クーデター」

 それが1991年2月23日、軍部、国家秩序維持評議会(NPKC)によるクーデターの事実を筆者が知った瞬間でした。

 テレビやラジオがNPKCの布告を伝えている以外はまったく平静な街中の様子。近くのテレビ局に歩いて行き、軍人が入り口を固めているのを見て初めてクーデターを実感できました。

 このクーデターが翌年の5月流血事件に繋がる経緯、またタイのクーデターの特徴や歴史については元駐タイ大使岡崎久彦氏らの「クーデターの政治学」など良書がたくさんあります。インドネシアなどに比べ政治と社会の安定した現在のタイですがクーデターや政変はタイの名物と言っても良いものでした。タイのクーデターは無血であることが特徴ですから、それがそのまま政治の社会の不安定性を示すものではありません。しかしこれまでに大規模な流血事件は何回か起こっています。

 もうタイではクーデターは起きないだろうと云われ、実は筆者もその意見に与するものです。それでも、かつてどこで見たのか70年代の一枚の古い写真が筆者の脳裏に染み付いていて、いつか平和でない瞬間が来る可能性を忘れさせません。それは怒ったバンコクの市民が学生をリンチにかけ首を木に吊るしている写真です。

〈了)

 

 

 


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