第97回

リスク感覚

  

 

 タイがその人の最初の海外任地である場合、その駐在期間中に磨かれるビジネススキルのひとつに「リスク感覚」があります。いわゆる危機管理に相当する事柄に限らず、タイでは日本にいたときよりも日常の業務において仕事がうまくいかないリスクが高いと感じます。その理由には、何かにつけ替わりがないという冗長性の欠如、人やモノの能力や信頼性の不足、コミュニケーションの問題などがあげられます。

 自分が出張中事故に遭い、もう帰って来られないかもしれない。アポとりの際タイ語で朝十時といったつもりが午後四時と誤解されるかもしれない。貨物が事故で全損するかもしれない。ビザの有効期限が間違っているかもしれない。今渡した名刺がどこかで詐欺に使われてしまうかもしれない。等々。筆者も間違いなくこの駐在中に様々な危険を予知する能力が向上しました。

 賢明な人は何をするにしてもうまくいかなかった場合を想定し、そのときはこうするという冗長策なり、あらかじめ他の施策とポートフォリオを組む分散策をとります。その人のリスク感覚は仕事のスタイルに表れます。

 例えば初めての取引先に対する掛売りがリスクゼロで100%現金化されると安心している人はいないでしょう。これはビジネスの常識ですが、社会経済の制度が整備された環境下の経験しかないと「日本だったらこんなことはないのに」と愚痴をこぼすだけの頼りない駐在員になったりもします。他にも「自分に落ち度は無い」といってあとは知らん顔を決め込むだけ、あるいは「だからタイはだめだ」と威張るだけ、また「タイはこんなものだ」と悟ったようなことを言うだけ、といった手合いも困りものです。会社にとっては「リスク回避策」を「責任回避策」で事足れリするサラリーマン駐在員が最大のリスクです。

〈了)

 

 

 


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