第99回

苦労を語らず

  

 

 筆者にもようやく帰任命令が出ました。タイでの仕事や生活は、筆者にとって初の海外駐在でもありそれなりにつらいと感じたこともありました。その原因は、慣れない外国のビジネス慣習や法制であったり、外国語でコミュニケーションをとることだったり、タイ人気質であったり、そして他でもない同僚の駐在員との確執であったりしました。

 筆者の駐在期間が長いということで、周りからも色々な問題を潜り抜けてきた事情通と見られるようです。日本人がタイでビジネスを営む環境は年々楽になる一方で、もはや外国とはいえないようにも感じます。そんな国での最近の駐在員の仕事ぶりに先輩風を吹かして苦言の一つも言いたくなる衝動もあります。

 しかし筆者の知識、そして経験や体験から学んだことの大部分が時代遅れで、今のタイでは役に立たないことばかりです。「昔は大変だった」というだけでは新しい人の邪魔になるだけです。また、人の苦労は小さく見え、自分の苦労は大きく見えるものです。「本当に全力を尽くしてきたのか」と訊かれれば、もっと努力できたはずと反省するほかありません。苦労など語るものではないとも思います。

 海外での困難は本国では80%理解されません。わかってもらおうとすることに貴重な時間を割くのは無駄と思って、周囲や自分との戦いで自らが成長する場、と心得えるほうが精神衛生にも良いでしょう。

 しかしもちろんこう言い切ってしまえるほどの人物ではない筆者ではあります。駐在経験によって多少自分が成長したと思っても、結局は自分のような者でも9年もの間タイ駐在が勤まった、それは畢竟良くも悪くもタイのビジネス環境が整っていて、そして時代の風が吹いていたということ、つまり恵まれていたことに他ならないのだとありがたく思うのみです。

〈了)

 

 

 


目次に戻る