希 望

  

先々週から先週にかけて南部に被害をもたらしたLINDAの影響もあってぐずついていたバンコク周辺の天候ですが、今日、11月10日月曜日はアユタヤも曇りがちのすっきりしない一日でした。今年は洪水の兆しはありませんが、それでも一面に広がる田圃や草原の水位はだいぶあがっています。

バンパインの会社からバンコクへ戻る車中でこれを書いています。午後7時半、アジアロードをバンコクへ向かう車線には赤いテールランプがひしめいていますが、家路を急ぐ月曜日のそれは楽しいバンコクの週末の夜へ向かう金曜日のデコレーションランプのように輝くそれとちょっと違い、夕焼けの光が小さく燃えのこって散りばめられたような哀愁を含んでいます。

アユタヤの工場が出来上がってバンコクからの通勤をはじめて以来、この道を私はもう千五百回以上も往復していることになります。ドンムアン・トールウェイの延長工事が本格化してランシットから空港南端までの渋滞は5年前にこのトールウェイの一期部分が建設中だった頃のそれを思い出させます。夕方から夜60キロメートル余の道程に二時間を切ることはまれになりました。しかし不況のなかでもこうした実際に有用なインフラ事業が継続されているのは心強い限りです。

この街道沿い、5年前にはなにもなかったランシット・インターチェンジに出現した大ショッピングセンター、フューチャーパークはホームセンターやオフィス・デポなどを従えて呆然とする程の大きさです。私はときどき仕事の帰りに買い物ををして行くときがありますが、いつも夕方から夜にかけてたいへんに賑わっています。売れ行きは好調というわけにはいかないのでしょうが、仕事を終えた多くの人たちが(ウィンドウ?)ショッピングを楽しんでいて、彼等の明るい表情を見ていると少なくとも外見だけはこれが史上最大の不況を迎えている国かと目を疑います。(実際には各地域のそれぞれのショッピングセンターごとに事情は全く違うのですが。)

7年前に街も何もないアユタヤの田圃のまん中に工業団地ができて人々が集まってきたときにはただなるほどと感心しただけでしたが、その後ことある度に、何もないときにはどこにいたのかわからないとにかく大勢の人たちがこつ然と姿をあらわすのを何度も経験すると、この国には無尽蔵といっても良いくらいの人的資源がまだまだ眠っているのを実感します。

人は何にもかえがたい資源であり財産です。人々が心に希望を持ちつづける限り、平均年令が30歳に満たないこの国の将来に何を案ずることがあるでしょうか。この国の人々が日々額に汗して地道に国造りに励み毎日の夕餉に家族や友だちとささやかな幸せのひとときを過ごす姿を見るのは、信じない人もいるかもいるでしょうが、縁あってこの地にて碌を得る私にとっての喜びです。

党利党略に明け暮れたこの二週間のタイの政局でしたが、新政権も多党連立でかろうじて過半数の暫定内閣ともなれば、まだまだしばらくはマネー・マーケットにとっては稼ぐ材料の供給源として機能してゆくことでしょう。かなわぬこととはいえ、自らを律することのない暴れまくる怪物のようなマーケットにかく乱されることなく、ひとびとが毎日明日を信じてひとりひとりの小さな努力を積み重ねてゆける世界を夢見ます。金融システムをはじめ経済システムやビジネスシステムは人間を幸福にするために人間の智恵の生み出したものではなかったのか?そんな問いが私の頭の中でこだましています。

バブルやクラッシュで荒廃するのは経済だけではありません。愁うべきは人の心の荒廃でしょう。迷いに満ちた世紀末の人々の所行を目の当たりにするにつけ、近代資本主義は共産主義を制圧したのかもしれないが、ライバルであった共産主義がほろび去ったそのときに、恐竜のように自らの終焉をその体内の目覚まし時計にすでにセットしてしまったように感じます。

ランシットをすぎ、ドンムアンの街をすぎ空港前の渋滞の列の中の私は、上空を飛ぶ飛行機の窓からは延々と連なるテールランプの列のなかのただの点にすぎず、見分けることはできないでしょう。いつの間にか空は晴れ、夜空へ飛び立ってゆく夜行便の行く手には星が煌めいています。美しく点滅する飛行機の航行灯を見つめながら、少しずつ小さくなって星空に吸い込まれてゆく機体のなかにいる見ず知らずのだれかに向かって私は問いかけるのです。タイも日本もなく、私達に必要なのはなによりも希望、そして大切なのは明日につながる毎日の自分の努力を信じることではないでしょうか、と。

 


- 戻る  - 筆者へのメール -