ある百貨店の退場

    

タイの大丸が三十余年にわたる歴史を閉じるというニュースが流れました。私がタイに来た頃はWTCの建築工事もまだその駆体が姿を現すまえのことでしたが、当時その建築サイトの向かい側に大丸がありました。数年前に新規店舗への展開を機に閉店するまで、そのラジャダムリ店というかそれ一店の店舗は、名実ともに日系百貨店の老舗としてバンコクの商業においてメジャーな存在でした。

私は流通業にはまったく疎い人間ですが、この店舗が日本の大規模小売店舗の海外進出の草分けであったことは違いないのではないかと思います。アジア各国のローカル資本の小売業が日系デパートから影響を受けてきたことも否めないでしょう。そしてバンコクの大丸は七十年代のタイにおける日貨排斥運動においても、直接の関わりをもち象徴的な存在であったことを思うと「歴史においてその役割を演じてきた店舗」とも云えるでしょう。

その古い大丸はラジャダムリ通りからは一階と二階のテラスがアプローチになっていて、専門店のならんだフロアの奥が百貨店になっているという作りだったと記憶します。建物の大きさはだいぶ違いますが、そのような作りの名残をアマリンそごうに垣間見ることができます。日本の書籍を売る店もあったそのアプローチをあがっていくときの風景や感覚を今でも思い出すことができますが、今、セントラルや伊勢丹の店舗を歩くときの感覚と比べるとあらためて「ずいぶんと変わったものだ」と思います。

九十年代になって、バンコクのデパートというか大規模小売り店舗は変容しました。タイ人と東京に出張したとき、デパートに行った彼等の感想を聞いても(まず第一声は「東京のデパートは小さい!」です)、今のバンコクの人たちがデパートやショッピングセンターにイメージするものが日本人とはちょっと違うことがわかります。

この十年、総合レジャーセンターでもある広々とした解放感のある巨大なコンプレックスが、折からの交通事情をも反映して郊外に展開しました。日系デパートの戦略はそのなかでメインストリームにあった感じはしません。侍が日本にないサーベルで戦う気持ちにはなれなかったと思いますし、ローカル資本の展開はあまりにおおざっぱなフィージビリティスタディにもとづくものとしか思えませんでしたから、九十年代の巨大ショッピングコンプレックスブームのなかで、対抗する、あるいは合従連衡する日本企業の意思決定プロセスには苦労があったと想像します。ライバルが無謀な戦略に出てきたとき、秀才はうまく立ち回れないものです(天才は別です)。広い意味でのいろいろなゲームの理論は相手も合理的な判断をすることが前提になっていますから。そのなかで、従来の日系各店舗は苦戦を余儀なくされていったのではないかと思いますし、また新規参入組も橋頭堡を確固たるものにできたところは少ないようです。(いずれにせよ外資にもローカルにも勝者はいなかったのかもしれません)

一方、昔から、また今でもシーロム・ロビンソンはかつての有楽町そごうの雰囲気で、立地で説明できる活況です。その店内や、他の場所ではやっているモールやメリーキングの店内のワゴンセールに積まれた衣類などを見ると、柄やデザインはまったく異なるとはいえ、庶民になじむ感覚というのがイトーヨーカドーのそれを思い出します。こういう商品や生活便利用品の類について言えば、価格とデザインのバランスが生活に密着した地元の人でないと、絶対に売れるものの感覚がつかめないだろうという気がします。おしゃれでも高級でもないものも安いだけでは売れないのだろうという気がします。日常感覚というか庶民感覚というかそんなものを意識して、あるいは無意識につかんでいればそれがノウハウでしょう。素人目に見ても店舗規模やレイアウト、品揃えと価格が地元の人をヒットするのはたいへん難しいものだと感じます。

もちろんこれはほんの一つの例にすぎませんが、流通はどの国でも外国の人が容易にはいりこんでいけるフィールドではないのではないでしょうか。たとえば安く信頼性のある仕入れルートを確保するのは、地元の勝手を知り尽くさない限り差別化できるような妙手があるものではないでしょう。

マクロやオフィス・デポなど欧米系の独特の特色ある流通店舗の隆盛(すでに衰退気味ですが)もあり、顧客の立場からは、日系の日本流デパートは形態の似ている地元資本のデパートとは品揃えとコストで勝負できず、またこれらの欧米流新形態の流通との狭間にはさまれて特色が出せず苦戦されているのが実状のように見えたのが通貨危機の前の状況でした。

一昨年だったか、昨年だったか、バンコクにロフトがオープンしました。どうして、なぜそのときになって、という感はありましたが、百貨店でなくロフトだというところと、場所がサイアム・スクエアということで狙いはわかるような気がしました(実はバンコクの店舗は実際に訪れたことがないのでよくはわかりません)。一方で伊勢丹は(人によって好き嫌いも含めたいろんな意見があるでしょうが)ある意味で徹底したやりかたをとっておられるように感じます。こういった明確なことや徹底することは、厳しい状況下でも存在価値にむすびつく可能性があると思います。顧客が意識せずに肌で感じているこういう部分を分析してもどうしてもとってつけたような説明のようにになってしまうと思いますが。

確かにマクロやオフィスデポなども勢いはなくなったとはいえ、日系百貨店やスーパーがなんとなく古びて見えるのは気のせいではないと思います。

最近の日経の新聞だか雑誌に特集があったような気がしますが、日本でも大規模小売店舗の閉店があいついでいますが、それが生活の不便まで呼び起こすようになると、日本経済の収縮も現実のものだと思います。バンコクから消えて行く日系デパートは決してタイの不景気や日系企業の海外戦略の蹉跌をあらわすだけのものではないでしょう。

別に流通を語るつもりはないのですが、思わず長くなりました。これは素人の幼稚な感想にすぎません。これをご覧になっている業界関係の方にも他意のないことをご理解いただきたたいと思います。

ラチャダーの東急が、ヤオハンが消えました。しかし大丸のバンコクからの退場ははるかに大きな印象を与えます。戦後、タイで活躍し大きな影響を与えた日本人のメジャープレーヤーの一人が姿を消します。これも時代が変わっているという出来事であろうという私の思いも単なる感傷ではないでしょう。

 


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